小物とはいえこんにちは。北九州ブログのアリペジです。 医院の診察待ちでロビーにある雑誌には、故・岸田今日子さんの生い立ちと人生観が静かに語られていました。彼女を取り巻く人たち。そして彼女の愛した小物たちの素敵な写真も。 細い木でできた長い取っ手のある手鏡。何度も折れた持ち手の部分は、その度にボンドで繋ぎ、彼女の楽屋にあるバッグに大切に…常に入っていたそうです。鏡は、彼女の初舞台の日にある方から頂いたもの。以来、全国と全世界を共にめぐり、舞台の日には出番前の楽屋で準備する彼女を映してきました。 それを見れば、あの日と初心を思い出し、常に気を引き締めてがんばれたそうです。 さりげなく送られた小さなギフトが一生、彼女の俳優魂を支え続けました。そんな心から大切にできる“小物”の存在は、人生を支えるほど大きな役割を担っていることもあるのですね。 自分には果たして…そんな大きな存在感のある、一生傍に置いておける“小物”があったでしょうか。大好きな“小物”はたくさんあっても、年月が経てば少しずつ変化していくのが常ですが…。
同日、博多の川端にあるリバーレーンを歩いていて、地下にあるサロン・ド・井筒屋を訪れた際、(岸田さんが持っていたものとはかなり異なりますが)手鏡を見つけてちょっと嬉しくなりました。 きっとですが…傍らに置かれる“小物”には、その小物たる所以の条件があるように思いました。
フォルム − 形という存在感。手や体にフィットする安心感。人との出会いにも似た“小物との不思議な縁”。目を楽しませてくれるデザインや色以上に、人は“小物”にそのサイズ以上の"何か"を期待しているのでしょう。ペン一本選ぶにしても、そのペンだと何でも書けそうで、高揚感というワクワクする気持ちを与えてくれる…といったように。
好きなものに囲まれる幸せ。家具やデザイナーズマンションも。そしてもっと身近な存在感のある“小物”との出会い。 私にはまだ見つかっていないようです。一生傍にある大切な“小物”との出会い。いつ出会えるかな?
2008/03/31(23:56) カテゴリ:なし コメント(7) | トラックバック(0)
トラックバックURLhttp://www.kitakyushu-blog.com/cgi-bin/tb.cgi/health/20080331235655
|
カレンダー最新の記事最新のトラックバックキーワード検索ブログメニュー記事ランキング
|
この記事に対するコメント
私は手のひらサイズの手鏡を愛用しています。

随分前に誕生プレゼントでいただいたのですが、残念ながら、彼女とは音信不通になってしまいました。大事に使いますね。
小物集めるの好きでした。

昔はカッコいいライターを探し回ってましたが、ライターってすぐに無くしちゃうんです…
今はもっぱら100円ライターです。
フランスにいったとき、クリニャンクールの蚤の市でお土産に買ったリモージュの手鏡。
小さくて、かわいい手のひらサイズ!
とっても愛着があって大切にしていました。
いま、どこにいってしまったか、思い出の中にしかでてきません。
気に入った小物探しに、南の離島にひとっ飛び〜。

別府でキレイな朝日に出会えました。

これも小物かな?

すぐに物を壊してしまう私。
反省しました。
大切に使います。
この記事に対するコメントを書く