星の犬の王女様の旅小さな宇宙飛行士の旅こんにちは。北九州ブログのアリペジです。 犬は“人間の最も近い友人”と言われるだけあり、犬を題材にした旅の物語は数多くあります。「名犬ラッシー」などはフィクションですが、引越しで置いてきぼりにされた犬が大変な距離を移動して飼い主を見つける…といった実際にあった話から来ていてもおかしくありません。
宇宙開発競争さ中のアメリカとソビエト。アメリカのチンパンジーに対し、ソビエトではある一匹のロシアンライカ犬(メス)が長く厳しい宇宙飛行用訓練を終え、スプートニク2号の狭く暗いアルミ合金の気密室へと入れられた。
つい一ヶ月前には、スプートニク1号(無人)の世界初人工衛星打ち上げを成功させ波にのるソビエトだったが、発射台には前回を6倍上回るロケットが緊張の空気の中、刻々と迫るその時を静かに待っていた。
スプートニク2号模型 宇宙食の訓練を潜り抜け、もっとも穏やかで賢い“クドリャフカ”は、選ばれたものだけに許される特注の宇宙服を着せられ、10日分の食料と水、生態を記録する装置、わずかな酸素、多くの宇宙観測機器を載せて、翌日、宇宙空間へ向けてみごとな打ち上げに成功する。
歴史に名を残すその日 パラシュートも脱出ポッドも無い。この片道旅行の終りは“歴史に名を残した犬のさびしい最後”である。 打ち上げから5日後の11月8日。いつものようにチューブで押し込まれる食事には、睡眠薬入りの“何か”が混入していたらしいが定かではない。酸素が無くなる前の“何らかの対策”が講じられたそうだが、小さな宇宙飛行士はどんな思いで真っ暗な宇宙を5日間漂ったのだろうか。 これを旅と呼ぶのならば…このことは世間を大いに騒がせたようで、各国から抗議が殺到した。ソビエトは11日、正式に犬の死を公表。それ以降、世間の関心事からは犬のこともスプートニク2号のことも話題に上ることも少なくなり、ゆっくりと人々の記憶から姿を消していった。現時点での有力説は、打ち上げ数時間後にはクドリャフカはストレスと過熱によりすでに絶命していたとも言われている。 1958年(昭和33年)4月14日。翌年、打ち上げから約160日。成功した軌道周回から外れたスプートニク2号は、未明の大気圏に突入し、カリブ海やブラジルにまたがる大西洋上空で東南方向に広がる大空に、数万の燃え尽きたカケラをなって散っていった。 クドリャフカの魂は、故郷の大地、地球へと戻る。
星になった犬 人間の文明の進歩には“欠かせないとされる犠牲”。宇宙にいつか旅をしてみたいと感じるアリペジだが、忘れたくないのは、歴史にはこんなに悲しい“旅の記憶”があるということを。
絵は後に続いた“スプートニク5号”で生還した2匹。(ロシア犬の参考絵)
2008/06/19(23:58) カテゴリ:なし コメント(4) | トラックバック(0)
トラックバックURLhttp://www.kitakyushu-blog.com/cgi-bin/tb.cgi/health/20080619235808
|
カレンダー最新の記事最新のトラックバックキーワード検索ブログメニュー記事ランキング
|
この記事に対するコメント
犬好きには、辛い話ですね。
犬にせよ、チンパンジーにせよ、人間の身代わりになって?させられて、そんなコトがあって今の技術があるんですよね。感謝しなければいけないです。
涙(>_<)
ほんとうに私たちはいろんな動物や植物の命の上に、生かされている!
ほんとうに感謝だけでいいのかな?
神の創造、人を裁く法律、進化論なんでもが、自分を正当化するための、人間の「都合=わがまま」が作ったものばかりのようで・・。
事実を知ることの大切さ、いっぱいあります。
アリベジさん、チョーお久〜です。ロケットより、最近はモッパラバックパックにっ乗ってまぁ〜す。宇宙酔いもしないしらくちんでぇ〜す。

この記事に対するコメントを書く