●武道に魅せられて

北九州日仏学院
ティエリー・コモンさん
合気道に始まって、剣道、書道、古武道と、日本の「道」を究めるティエリー・コモンさん。まさに、サムライの心を持ったフランス人です。日本に来た経緯から武道の話まで、流暢な日本語で熱く語ってくださいました。
●すべてが印象的だった日本の夏
コモンさんの故郷は、北フランスのノルマンディー地方です。
コモンさんが中学校の教師をしていた1978年の夏のこと。当時、合気道を習っていたコモンさんに、フランスで高名な合気道の先生と一緒に、日本の静岡にいる大先生のところへ修行に行かないかという、夢のような話が舞い込みました。
19歳のコモンさんにとって日本は遠い外国でしたが、またとないチャンスと、日本行きを決意します。
うだるような暑い夏、カラッと晴れ渡った青空、趣のある古い道場、浜辺でのすいか割り、すきやきパーティー…。コモンさんにとっては、初めてのことばかり。
「皆さんに本当に親切にしていただきました。すべてが印象的な夏でしたね」

●“微笑み”でつかんだ幸運
楽しかった夏も終わり、1カ月半後、フランスへ戻ったコモンさんを待っていたのは兵役でした。当時のフランス人男性は、1年間、兵役に就く義務があったのです。合気道に興味はあっても、軍隊にはまったく興味のなかったコモンさんは、兵役免除の最後の手段として、外務省に海外協力の申請を行いました。
「日本の静岡でフランス語の先生を募集していませんか?と聞いてみたら、たまたま福岡(九州日仏学館)に1つだけポストがあるというんです。福岡がどこにあるかも知りませんでしたが、軍隊に入らずに済むならと、すぐに申請書を送りました」
なかなか合否の知らせが入らず、諦めかけていたときに、『あなたが選ばれました』という通知が届きます。コモンさんは2年間の契約で、意気揚々と福岡へと旅立ちました。
なぜ自分が選ばれたのか…。ずっと後になって、コモンさんは自分を採用してくれた九州日仏学館の元館長に尋ねてみました。元館長の話によると、フランス全土から40人もの応募があり、自分では決めかねたため、奥さんに選んでもらうことにしたとか。
奥さんは一人ひとりの写真を見ていきながら、「この人!」とコモンさんを選んだそうです。その理由は、コモンさんの写真だけが少し微笑んでいたから。
「1枚の写真が私の運命を変えました。やっぱり笑顔は大切ですね」
そう言って、コモンさんはニッコリ微笑みました。
●日本を安住の地に

福岡でのコモンさんの生活は多忙でした。
「2年間しかいないつもりで来ましたから、お茶、生け花、剣道、書道と、とにかく何でもやってみました」
特に剣道は毎日2時間の稽古に励み、わずか1年で初段の腕前に。
そんなコモンさんは、やがて奥さんとなる日本女性と出逢い、このまま日本で暮したいと思うようになります。そして、九州日仏学館で働きながら、北九州市に自分の学校である「北九州日仏学院」をつくったのです。
「日本に来て、まじめで熱心な大人に教える楽しさを覚えました。フランスに帰ったら、待っているのは勉強に興味のない子ども達です。そんなフランスには、もう帰りたくありませんでしたね(笑)」
それからのコモンさんは必死で働き、現在の「北九州日仏学館」の基礎を築いていきます。
今のコモンさんにとって、北九州市は心やすらぐ故郷です。
「北九州市には山もあるし海もある。食べ物もおいしいし、人間も温かで、暮らしやすい街です。東京などに行くと、『早く北九州に帰りたい』と思ってしまうんですよね」
●宮本武蔵 兵法二天一流
コモンさんは3年ほど前から、二天一流 正統第十一代宗家 岩見利男玄勝先生の道場「独行庵」(小倉南区横代)に通っています。
兵法二天一流は、宮本武蔵が熊本の細川家にいた晩年、霊巌洞にこもって書いた「五輪書」に記されている兵法です。地・水・火・水・風・空の巻からなり、剣の技だけでなく、兵法者、武士としての心構えや精神のあり方などが説かれています。

「二天一流の十一代宗家が、この小倉にいらっしゃるのですから、弟子入りしない手はありませんよ」
二天一流は大小二刀を使う剣術です。木刀と小太刀を握り、二天一流の説明を始めたコモンさんの目には、今までと違う鋭い光が…。柔和な表情から、まさに剣士の顔つきに変わった瞬間でした。

岩見先生は毎年数回、海外へ赴き、二天一流の稽古を行っています。コモンさんも同行したことがありますが、海外には
数百人のお弟子さんがいるそうです。
●レベルに合わせて楽しく学ぶフランス語

そうそう、忘れてはいけません。コモンさんの本業はフランス語の講師です。大分大学や産業医科大学、九州栄養福祉大学で非常勤講師を務め、講演も行っています。
小倉北区江南町にある北九州日仏学院では、レベルに応じたクラスでフランス語のレッスンが受けられます。他にも、門司や戸畑でグループレッスンを行っているので、興味のある方は問い合わせてみてください。

(取材を終えて)
今の日本人が忘れかけている“日本の心”を持ったコモンさん。二天一流の話をしている時の凛とした表情が、とても印象的でした。そんなコモンさんに「北九州市が大好き」と言ってもらい、なんだかうれしくなりました。ここではご紹介しきれなかった楽しいお話が、まだまだたくさんあります。リクエストがあれば、またいつか、ご紹介したいと思います。
◆問合せ先

この記事に対するコメント
日本刀(大刀)を片手で振れる人って少ないですよ。竹刀でも、木刀でも、試してみてください。こんな軽いものでも、刃が立つようには振れないです。武蔵さんは筋トレしてたんですよ。きっと。
全くご縁が無いので、読めないし喋れないし、聞き取れません。英語と独語は大学でやっていたので少しいけますが、仏語は分からんですねぇ。
あたしゃフランスには住めんネェ。ヤッパリ生まれて育った日本が一番。それも、東京より、福岡より、足立山とか皿倉山とか関門海峡とか、周防灘とかが見える北九州が一番やね。
いあ〜、おどろきです。古武道になるということですが、武蔵の正当な武術という二天一流の宗家がなんと、私たちの町、小倉にあったんですね。
しかも世界の国々にそのお弟子さん達がいるとは。宗家やそのお弟子さん達はご苦労がありましょうが、一市民としてとてもうれしい情報でした。
なるほど巌流島も手向山公園も武蔵さんの足跡でした。日本人よりずっと日本人の、フランス人コモンさん、二刀流の神髄を究めてください。
はかま姿の和装が決まってますね。日本生活が長いからかな〜。
違和感が無いですね。叩き剣術より型稽古の古武術ですか〜。目の付け所に感心しました。
こんな外国の方が居られたのですね!驚かされました!
チャチャタウンで怪しい人を発見しました!

二天一流で成敗して下さい。
以前はフランス女性に憧れていましたが、今は日本女性として清く正しく美しくありたいと思います。

コモンさんは北九州のいい所をたくさんご存知なのですね。

私も負けずに北九州のいい所を探して、もっと北九州を好きになります。
コモンさんのお話を読んで、日本文化をもう一度見直そうと思いました。

茶道の道具が家にあったので、茶道しまーす。
やっぱり北九州っていい所だったんですね。

北九州に住んでよかった。
こりゃドコノ地蔵様ですか?
このお地蔵様は手向山にいらっしゃいました。

芸術とファッションの都としてのフランスより、個人主義の国としてのフランスが好きです。
「大統領には隠し子がいる」←「それがどうした」と公言でき、且つ国民も容認するところがサバケちょうです。宇野総理も、「それがどうした」って言ってみれば良かったのに。
きのう小倉城で武蔵の木刀を見てきました。小次郎さんの太刀のほうが長かったですよ。
森鴎外さんのお宅におじゃましました。

小倉のシンボルは、やっぱり小倉城ですなぁ〜

仕事中だったんですが、勝山公園にフラリと寄りました。

新しい鉄棒などの器具があって、大人なのに公園で楽しく遊んでしまいました。
ホテルニュータガワの近くで、「でんき自動車」を発見!!

さすが、環境都市北九州ですね。
リバーウォークでこんな方を発見しました!!

コモン先生の授業受けました!
コモン先生って、熱心な方なんですね♪
こんな方が北九州にいたんですね。
男らしいし、色々と見習いたいです。
この記事に対するコメントを書く