豊の国 清麻呂公ロマン街道
豊の国 清麻呂公・歴史ロマン街道NPO法人 足立山麓文化村
村長 池浦 正勝さん

■旧豊前街道を歩いて得たもの
北九州市小倉北区から中津市を通り宇佐市までの約70kmは豊前街道と呼ばれ、江戸から明治時代にかけて栄えた歴史のある道です。その旧豊前街道を「豊の国 清麻呂公・歴史ロマン街道」(足立山〜宇佐神宮)としてよみがえらせ、世に広める活動を行っているのがNPO法人「足立山麓文化村」の村長・池浦正勝さん。
日本の持つ歴史と文化のすばらしさを見直そうと、平成10年から「豊前の街道をゆく会」の活動を始め、会員100人以上が月に1回3〜5km、約1年半をかけて街道を歩きました。

この常盤橋から街道は始まりです
「長い道のりでしたが、地元郷土史研究者の方の説明を受けながらその土地を知り、歴史や人とふれあえたことは何よりも嬉しいものでした。最後の宇佐神宮でも盛大で温かな歓迎を受け、歩き終えた達成感と感動はひとしおでしたね。
街道を歩くこと、それは、先人が守ってきたものを振り返ることで、生きる上での心強さにつながりますし、いろいろな街や人を知ることは、自分自身の不安の解消につながるんですね。人は一人では生きられないですから」


中津口門より小倉城へ移動された大石
■「豊の国 清麻呂公・歴史ロマン街道」の誕生
「豊前の街道をゆく会」が発足して10年、歩く会のほか、講演会、研究会、ガイドブッグの出版など、さまざまな活動を行い、街道のつながりを通して県をまたぐ交流も深めてきました。
そして今年、まさに満を持して、国土交通省が提唱する「日本風景街道(九州風景街道)」に共鳴し、「豊の国 清麻呂公・歴史ロマン街道」として申請を行いました。


葛原八幡神社と境内にある和気清麻呂像
「今は、情報化社会、車社会で、自分が経験していないことでも情報として何でも入ってくるし、車で速くどこにでも行けます。でも、いつの間にか“日本の景色”は消えてなくなり、どこに行っても同じになってしまいました。これじゃいかん!と思いましたね。
その土地には、その土地が持つ生活文化というものがあります。人はそこで“生きている”のではなく“生かされている”んです。これからの厳しい国際競争を生き抜くためには、そのことに気づき、自分たちの歴史や文化に誇りを持って、地域をつないで、世界に飛び出す力が必要なんです。
国土交通省の日本風景街道事業を知ったとき、ああ、やっと時代もここまで来たな、と思いましたね」
■魅力ある新しい観光資源として
奈良時代の道鏡事件で活躍した、足立山にゆかりのある和気清麻呂にちなんで名づけられた「豊の国 清麻呂公・歴史ロマン街道」。美しい景観と歴史を持ち、地域を連携・活性化させる魅力ある街道に、質の高い新しい観光資源としての期待も高まります。
大事なのは皆の意見で決めること。北九州市、ひいては日本の将来のために、一人でも多くの方に賛同、参加していただければと思います」
風景街道の活動だけでなく、創作神楽舞や子どもたちへの文化継承、地域と人の交流など、たくさんの活動を行い、北九州市の活性化に尽力している足立山麓文化村。
村長・池浦さんの私邸を開放して作られた広い敷地の庭に、凛とした姿を見せる松の木や紅葉の息づかい、爽やかな風を感じながらお話を伺い、歴史・文化を守る重要性、自然と共存する大切さを感じました。
ご協力ありがとうございました。
現在の旧街道(小倉南区湯川にて)
■足立山麓文化村
文化村山荘事務局:北九州市小倉北区妙見町6-3
TEL: 093-921-3165
Eメール:npo-bunkamura@yahoo.co.jp
2008/07/09(:) カテゴリ:
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この記事に対するコメント
小倉城の大石は見たことあります。
昔だから人の力だけで運んだんでしょうね。この暑い中だと嫌になりますよね。
八幡大社様の勢力の大きさがよくわかりました。
家の前は中津街道でした。今は片側三斜線だけど、昔は一方通行でしたよ。道の横は小川が流れてたです。ドジョウもたくさんいましたね。
日本文化っていろいろとあるけれども、昔からの文化を知らない人たちが多いですよね。これからも、文化・歴史普及に頑張ってください!
実際に歩かれたなんてスゴイです!
こういうふうに歴史を大切にするって、すばらしいですね。
創作神楽も見てみたいです。
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